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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)11931号 判決 1969年4月23日

原告

佐藤幸雄

被告

三和軽コン株式会社

ほか一名

主文

被告らは連帯して原告に対し三四万六六二六円および内金二一万五〇〇〇円に対する昭和四三年一〇月二七日から、内金一三万一六二六円に対する昭和四四年一月一日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金銭を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とする。

この判決の第一項は、仮りに執行することができる。

事実

一、当事者の求める裁判

原告―「被告らは連帯して原告に対し五〇万円およびこれに対する昭和四三年一〇月二七日(訴状送達の日の翌日)から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行の宣言。

被告ら―請求棄却の判決。

二、原告主張の請求原因

(一)  傷害交通事故の発生

昭和四二年一二月一日午後三時五〇分頃、東京都中央区日本橋本町三丁目八番地先の通称都電通りにおいて、訴外福島光男が自家用普通乗用自動車(多摩五ゆ六八二九号、以下原告車という。)を運転し、浅草橋方面から室町三丁目方面にむけ折柄いわゆる信号待ちのため交通渋滞し発進と停車とを繰り返しながら進行中、再停車した際、これに追従していた被告高橋運転の自家用大型貨物自動車(横浜一ね四〇五二号、以下被告車という。)に追突され、よつて原告車に同乗していた原告は、通院および自宅加療六一日間を要する頸椎捻挫の傷害を蒙つた。

(二)  被告高橋の過失

このような場合、自動車運転者は、前方および左右を注視し、進路の安全を確認し、道路および交通の状況に応じ、他人に危害を加えないような運転操作をなし、もつて交通事故の発生を防止すべき注意義務があるにもかかわらず、被告高橋はこれを怠り、原告車の直前車が発進したので、原告車も発進し、進行し続けるものと軽卒に考え、その動向に注意力を配分せず、漫然遠方を望見しながら進行した過失により、本件事故を惹起したものである。

(三)  被告会社の地位

被告会社は被告車を所有し、これをその業務執行のため被告高橋に運転させていたものである。

(四)  原告の蒙つた損害

本件事故により原告は左記(1)ないし(4)合計五〇万四八〇五円の損害を蒙つたが、本訴においてはそのうち五〇万円を請求する。なお仮りに左記(2)の費目が認容されないときは、その請求額を慰謝料に加算請求する。

(1)  昇給・昇格延伸による得べかりし給与額 一三万一六二六円

原告は、本件事故発生当時、郵政省東京地方貯金局第三振替課第二証書係主査として勤務し、普通職一級一二号に格付けされ月額五万六二〇〇円の本俸を給せられていたが、昭和四三年一〇月一日には、同級一三号に昇格し、二五〇〇円昇給して月額五万八六〇〇円の本俸を給せられるべく、また本俸の昇給に伴い、勤務地手当、期末手当も上昇し、なおその後昭和六一年まで、別紙第一ないし第三のとおり昇給・昇格すべきところ、本件受傷により通院五二日間(昭和四二年一二月四日から昭和四三年一月八日までの三六日間、同年四月一七日から同月二六日までの一〇日間および同年五月六日から同月一一日までの六日間の合計)、自宅療養九日間(昭和四三年四月二七日から同年五月五日まで)の合計六一日間にわたる欠勤を余儀なくされたため、「郵政事業職員給与準則」(昭和二九年六月公達第四三号)により昇給を三箇月延伸され、昭和四四年一月一日に至つて普通職一級一三号(本俸五万八六〇〇円)に昇給されたが、なおこの延伸に伴い、勤務地手当、期末手当の支給始期も延伸され、さらにこのような不利益は、別紙第一ないし第三のとおり昭和六一年まで継続すべく、昇給・昇格の延伸による差額総額の昭和四四年一月一日における現価を、ホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して求めると、別紙第四のとおり一三万一六二六円となる。

(2)  超過勤務不能による得べかりし手当の喪失額 二万五一七九円

原告は、昭和四一年一二月から昭和四二年一一月までの間、五箇月間を除き、毎月多少の超過勤務手当を支給され、合計四万三一六九円(全期間に均分すると月三五九七円)に達していたものであるところ、本件受傷のため、昭和四二年一二月から昭和四三年六月末までの七箇月間にわたり、超過勤務ができず、このため頭書金額の得べかりし手当を失つた筋合である。

(3)  慰謝料 二八万円

原告は受傷のため六一日間にわたり欠勤加療を余儀なくされたばかりか、現在も飲酒時には頭痛を覚え、かつ後遺症発生のおそれも去らないが、前記昇給昇格の延伸により同僚におくれることとなつた。ところが被告らは事故発生後みるべき誠意がない。かように原告の蒙つた苦痛は多大であるから、これが慰謝料としては二八万円が相当である。

(4)  弁護士費用 六万八〇〇〇円

原告は本訴の提起と追行方とを原告代理人弁護士に委任し、同弁護士に対し、着手金二万五〇〇〇円、謝金四万三〇〇〇円の各支払債務を負担した。

三、被告高橋の答弁および弁済の抗弁

(一)  原告主張の請求原因(一)は認める。同(二)のうち当時被告高橋が、前方および左右の安全を確認しないで、前車が発進するものと考え、いわゆる見込運転したことは認める。同(四)のうち、原告が本件事故による受傷のため超過勤務ができなかつたことおよびそのため損害を蒙つたことは認めるが、その余の事実は不知。

(二)  損害填補の抗弁

昭和四三年二月頃、被告高橋は、原告に対し、本件事故による損害の一部として二万円を支払つた。

四、被告会社の答弁および積極的主張

(一)  原告主張の請求原因(一)(二)は否認する。同(四)は不知

(二)  本件事故発生現場は交通頻繁な道路であるところ、原告は原告車に同乗中、居眠りしていたため軽微な追突によつて受傷したものであるから、本件事故発生につき原告にも過失がある。なお訴外福島光男にも過失がある。

五、被告高橋の抗弁に対する原告の答弁

該抗弁事実を認める。

六、証拠関係〔略〕

理由

一、責任原因

原告主張の請求原因(一)の事実は、〔証拠略〕によつて、認めることができる。(原告と被告高橋との間には争がない。)。同(二)の事実のうち、当時被告高橋が被告車を運転中、前方および左右の安全を確認しないで、いわゆる見込運転したことは、原告と被告高橋との間には争がなく、この事実に〔証拠略〕を併せると、本件事故は、いわゆる信号待ちのため発進と停止とを繰り返している車列の中で原告車に追従していた被告高橋が、原告車が発進したため、そのまま進行を続けるものと即断し、その動静に注意力を配分せず、漫然進行を続けた過失により発生したものと認める。

弁論の全趣旨によれば、被告会社は被告車を所有し、これをその業務のため被告高橋に運転させ、もつて自己のため被告車を運行の用に供する者であることが明らかである。

叙上事実によれば、原告の蒙つた損害につき、被告高橋は民法七〇九条所定の不法行為者として、被告会社は自賠法三条所定の運行供用者として、連帯して、賠償責任を負担すべきである。

二、損害

(1)  〔証拠略〕を総合すると、原告主張の請求原因(四)の(1)の事実が推認できる。

右事実によれば、原告は本件事故による受傷のため、いわゆる昇給、昇格の延伸を余儀なくされ、これにより合計一三万一六二六円の損害を蒙つたものと認める。

(2)  原告は本件受傷により超過勤務ができなくなり、損害を蒙つたことは、原告と被告高橋との間には争がなく、〔証拠略〕によれば、右事実を推認するに難くないが、他方右証拠によれば、原告の所属する勤務先における超過勤務手当は、業務の繁忙に応じ、具体的に上司の命令をうけた場合に限つて支給される定めであるものの、期末手当の支給期等にあわせて、号俸に従い一率に支給される場合もあることが認められるから、これらによれば、当裁判所は、原告が本件事故による受傷のため、欠勤を余儀なくされ、または就労上の制約を留めた期間内に、超過勤務命令に従つて勤務し、該手当をうけ得たものか否か確たる心証を形成できないし、他面もし当期の支給方法が具体的に超過勤務をしたか否かに拘りなく一率に支給される場合に該当するとすれば、受傷による欠勤や就労上の制約と関係のない筋合であるから、結局超過勤務手当を失つたための財産上損害の主張については、原告においてその立証を尽していないものといわざるを得ない。

(3)  前掲証拠によれば、原告は本件受傷加療のため、昭和四三年五月上旬頃までの五箇月余、長期にわたつて頸カラーを装着し、後遺症の危懼に悩みつつ、通院および自宅療養を余儀なくされ、合計六一日間にわたり欠勤し、なお昇給、昇格の延伸による不利益(前記(1)以外のもの)処遇を甘受せざるをえない苦痛を蒙つたことが推認されるので、これら精神的苦痛の慰謝料としては二〇万円が相当である。

(4)  被告高橋が原告に対し、本件事故による損害の一部填補として二万円を支払つたことは、原告本人尋問の結果によつてこれを認める(原告と同被告との間には争がない)から、該金額を前記慰謝料から控除することとする。

(5)  被告会社は、本件事故発生当時原告において居眠りしていたことを前提し、いわゆる過失相殺の主張をするが、右前提事実を認めるにたりないし、訴外福島光男の行動を云為してなす同種の主張もこれを認めるにたりないから、被告会社の過失相殺の主張はすべて排斥を免れない。

(6)  〔証拠略〕によれば、原告は原告代理人弁護士に本訴の提起と追行方とを委任し、着手金二万五〇〇〇円のほか、成功報酬として訴額の一割を各支払う旨約したことが認められるが、事案の難易、本訴の経過、前記認容額等諸般の事情を併考すると、そのうち三万五〇〇〇円が本件事故と相当因果関係にたつ損害と解する。

三、よつて被告らは連帯して原告に対し、以上合計三四万六六二六円および内金二一万五〇〇〇円(前記慰謝料残と弁護士費用)に対する本訴状送達の日の翌日である昭和四三年一〇月二七日から、内金一三万一六二六円に対する昭和四四年一月一日からいずれも支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるから、原告の本訴請求は右限度で正当として認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法九二条、八九条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 薦田茂正)

(別紙第1) 昇給延伸一覧表(本俸)

<省略>

(別紙第2) 昇給延伸一覧表(勤務地手当)

<省略>

(別紙第3) 昇給延伸一覧表(期末手当)

<省略>

(別紙第4) 複式ホフマン式により算出した本俸、勤務地手当及び期末手当昇給分の合計額

<省略>

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